今🌄朝5時31分。 朝イチ4時に散歩🚶♂️に出発。 丁度一時間半。歩数は11000。 9.0㎞。 ⏩⏩⤵⤵⤵何なんだ❓️僕の左手が 紫色に変色している❓️ 光の加減か❓️ それとも何らかの祟りか❓️ 【人は足(脚)👣から死ぬ。】 かつて今から60年近く前に、大阪の 人間医学社の故・大浦孝秋先生が 繰り返して語られました。 大浦孝秋先生は、約70年間 【血液酸・塩基平衡学】――つまり カルシウムの医学、所謂片瀬学を 日本中に広められました。 大浦孝秋先生の影響を受けた医療 関係者――つまり医者、薬学者、 看護師その他ありとあらゆる 医療従事者ETC.は 70年間以上で数十万人居ました。 大浦孝秋先生は、偉大なお方でしたが 慢性アルコール中毒の人でした。 エノケン――つまり喜劇王・榎本憲一 さんの足(脚)の脱疽を治す為の 治療法をエノケンさんに指導されました。 しかしながら、大浦孝秋先生自ら 晩年脱疽に罹り、最後は両足切断 されました。 しかしながら、とにもかくにも、 何はともあれ大浦孝秋先生は、 月例会の講演の最中 【………そこで片瀬博士が...……。】 と、持ち前の馬鹿でかい声で 語られ、そのまま絶句されて 他界されました。――正にまさに 大往生されました。 確か87歳位❓️でした。 大浦孝秋先生は、確か77~78歳❓️の 頃に自らの運動不足を補う為に 自転車🚵で、自宅🏡近くを走り その歳に車🚙と接触されて転倒。 それが原因で、脱疽に罹り、 確か一二年後に片足を切断されました。 更にさらに数年間以上過ぎた 84~85歳位の時にもうひとつの足を 切断されました。 以来義足での生活に成り、それでも 月刊誌の原稿書き、沢山の病人相談、 毎月の講演会をこなされました。 大浦孝秋先生の十八番(おはこ) 【人は足(脚)🦵から死ぬ。】 の言葉通りの87年間の人生でした。 ❎❎❎❎❎❎❎❎❎❎❎❎❎❎❎ 僕は確か21歳❓️の頃に 大浦孝秋先生ご夫妻を地元天竜に 招き健康講演会講師地元のお寺さん の本堂をお借りして開催しました。 確か❓️75人位の参加者が有りました。 大浦孝秋先生は、自らの周り 数メートルに🍶日本酒の匂い ――つまりアルコール中毒の匂いを 放出されていたお方でした。 真っ赤なお顔をされていた。 素晴らしい🫅偉大なお方でしたが 酒で命を落...