2025.9.26
今日久し振りで詩吟の勉強会。高井さんより、為に成る話を沢山お聞きしました。中でも日本一の富士山🗻の太郎坊様の話は大変参考に成りました。
かつて今から30数年前に故・岡本さんと、高井さんと僕の三人で富士宮市の或資料館に保管されている、恐らくは室町時代❓️の富士山🗻太郎坊大権現さま、大変大きな掛け軸――富士山太郎坊大権現様のお姿のお軸です。を見に行きました。
江戸時代の中後期❓️辺りに、元来の富士修験(村山修験・奈良・平安時代に、末代上人が開いた本来の富士山信仰。末代上人は、正にまさに役行者の様なお方です。)が衰退して、ほぼ壊滅状態❓️に成りました。富士修験に代わり新興勢力の角行さまとか、身録さまの教えによる富士山信仰が、力をつけ出して、奈良・平安時代からの富士山信仰は、ほぼ終止符を打ちました。
確か身録さまの書かれた文書の中に【富士太郎も、富士権現も、天狗👺とは、天の犬畜生と、書くではないか。】と言う一文が、載っていまして、既に今から約300年間前には、富士山の天狗信仰は絶えました。
今では日本一著名だった大天狗・富士山太郎坊大権現様の名前や、謂れや、信仰は知る人は居ません。富士山に太郎坊と言う、地名――場所が有るだけ。かつての富士山太郎坊の安置されていた場所とは、全く別。今から1300年以前❓️には富士山山頂❓️の高鉢(火口)富士山太郎坊大権現の別名が高鉢大権現と言われている。――もう少し後には恐らくは富士山の8合目辺りに❓️大天狗・富士山太郎坊大権現様は祀られていたと、考えられます。
まあ何れにしろ、日本一著名だった大天狗・富士山太郎坊大権現様は、最早もはや、日本中で知る人はたった一人だに無し。
その富士山太郎坊大権現様が今から数十年前に高井さんに神憑りして、【平野さん、有り難う。】と、僕に言われました。何故かと言うと、当時僕の家で、暫くの間、富士山太郎坊大権現様を、お祀りしていたからです。あるときに磐田市のミヒロ坊(修験寺院)の寺主様から、自宅で富士山太郎坊大権現様をお祀りするのはよろしくない云々のお話しで、僕の自宅に有った富士山太郎坊大権現様の数々の関係品を全てミヒロ坊様に納めました。
それはともかく、今日高井さんのお宅からの帰り道、スクーターを走らせながら、ふと感じたのは………💡
①オン富士太郎・持続ソワカ
②オン富士山太郎坊・持続ソワカ
③オン富士山太郎坊・大権現持続ソワカ
の①②③の御真言――🛐祈りの言霊(ことだま)でした。色々考えまして、最終的には、③の『オン・富士山太郎坊大権現持続・ソワカ❗』に成りました。と言うよりも、決まりました❗
これからは、オン富士山太郎坊大権現持続ソワカ❗と唱えながら、300年間以上眠り続けて来た、日本一著名だった大天狗👺・富士山太郎坊大権現様のお出番に成る時代が、訪れます。
❎❎❎❎❎❎❎❎❎❎❎❎❎❎
昨夜布団の中で、考えました。
①持続中…………😔🙄考える❓️
②継続中…………🤔考える❓️
③存続中………💡❗
そうだ😃💡❗③の『存続中にしよう❗』と。
これからは【オン富士山太郎坊大権現・存続中ソワカ】と言う言霊(ことだま)、御真言を読ませて頂こう❗太郎坊様に🛐祈りを捧げる際には、【オン富士山太郎坊大権現・持続中ソワカ】と、唱えて❗❗❗
オン富士山太郎坊大権現・持続中ソワカ、オン富士山太郎坊大権現・持続中ソワカ、オン富士山太郎坊大権現・持続中ソワカ❗
コメント
コメントを投稿