2026.3.27
空飛ぶ🛸円盤研究史・上
先生と呼べるお方は、
大阪の近代宇宙旅行協会の髙梨純一先生
以外には誰一人いない。
僕は15歳の春、同会に入会した。
確か会員番号は398番でしたね。
1950年代の空飛ぶ🛸円盤騒動の歴史
を詳細に研究して発表されたお方は
日本で唯一無二髙梨純一先生。
髙梨先生の名作・名著は、
①【空飛ぶ🛸円盤展開史講座①】
②【空飛ぶ🛸円盤騒ぎの発端】(これは
髙梨先生の名作・名著
【空飛ぶ🛸円盤の謎】(第一分冊)
からの抜粋。800枚の大作の約
1/3を取り出して世に出しました。
この名作・名著は、僕の企画。
僕が東京の有信堂・高文社の
編集長であった、登坂治彦さんに
交渉して、見事実現致しました。
③【空飛ぶ🛸円盤の跳梁(ちょうりょう)】
これは②の【空飛ぶ🛸円盤騒ぎの発端】
と同じく、髙梨先生の【空飛ぶ🛸円盤の謎】
の残りの原稿と、髙梨純一先生が
かつて昭和30年代の初期に東京の
日本空飛ぶ🛸円盤研究会の会誌
【宇宙機】に書いた幾つかの小論文を
載せました。
③の【空飛ぶ🛸円盤の跳梁】の
タイトルは、最初髙梨先生が
【キリマンジャロ上空の空飛ぶ🛸円盤】
と言うタイトルにする予定でしたが、
登坂治彦さんと色々協議検討されて
【空飛ぶ🛸円盤の跳梁】に成りました。
確か僕が26歳❓️の頃の話さ(笑)❗
僕が【跳梁(ちょうりょう)】と言う
言葉は中々分かりにくい(笑)❓️
と髙梨先生に言いました。先生は
【ああそうですか❓️今の若い人には
あまり一般的では無いのかも❓️】
と、電話口で僕に語りました。
嗚呼古き良き、1950~1960年代の空飛ぶ🛸円盤
騒ぎの心暖かく、心優しい時代のロマンチック
な僕と髙梨純一先生のエピソードさ(笑)❗
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