2026.4 15



天下泰平が何よりです。

東京のプロの写真家

今井今朝春🌸さんの

手作りの葉書。

彼は、元・ベトナム戦争の

戦場カメラマン📸だった由です。

確か❓️もう50年位❓️前から

株式会社

ワールドフォトプレスの

社長さん。

かつて今から46年位❓️前から

知り合いました。


僕が出していた【ユーホロジスト・

宇宙旅行ニュース】と言う8頁の会紙を


今井今朝春さんに、送っていたのが、


そもそもの馴れ初めでしたね(笑)❗


以来突然☎電話を戴いたり、


お手紙を時々頂きました(笑)❗


昔、昔の夢みたいな話さ(笑)❗


今井今朝春社長さんは、ご健在で


しょうか❓️お元気ならば、確か❓️


85~86歳❓️位でしょうか❓️


僕が一番大好きだったアメリカの


ジャイアント・ロック宇宙船会議。

この表紙の人物は、ジョン・デンバーか❓️


❎❎❎❎❎❎❎❎❎❎❎❎❎❎❎
 先程鳥羽山公園🎄⛲⏩⏩鳥羽山城🏯

迄散歩しながら、ふと思い出した。

今から13年位前に水窪町の郵便局🏣で

仕事をしていた際に、地元の郵便局の

OBの郵便局員の確か❓️高木さんと言う

方にお訊きした沢山の水窪町の昔話の中に

昔は――つまり今から70~80年以上❓️

前の昭和21~31年ぐらい前には、

――つまり1946~1956年頃。

水窪町の町から更にさらに山奥の

部落に住む人々は月に一度、部落

全員で夜中の11時過ぎ頃大きな

背負子(しょいこ)を背負い、🦯🩼を

着いて、先頭に立つ者が松明(たいまつ)の

篝火(かがり火)を持ちながら、細い山道を

皆でお互いに声を掛けながら、

歩いて🚶‍♂️🚶🚶‍♀️山を下って来た。

軈て朝の8時頃には水窪町の街🏢🏬🚶‍♀️🚃

に、辿り(たどり)着く。

街中に入る少し前の🌄朝7時前には、

山道の程よい広い場所に座り、

各々(おの各々)持参した🍙おむすび、

おにぎり🍙と沢庵(たくあん)で、

朝めし☕🍞🌄を済ませ、

一休み🐌💨💨、ゆっくり🚢☁☁して

親父や、若者は懐(ふところ)から

刻み😃🚬煙草と、キセルを取り出して、

如何にも旨そうに深く吸いながら、

【さぁ、もう一息だなあ(笑)…☺。

腹も膨れたし、もう少し休んでから

行くずら…✌。】

と、回りの十数人の老若男女の人々に

声を掛けた(笑)❗

軈て誰言うともなく全員が立ち上がり、

脇に下ろした背負子をまた背負い、

皆また街に向かって歩き🚶‍♀️🚶🚶‍♂️歩き

始めるので有りました。

軈て朝の8時頃には水窪町の街🏢🏬🗼✨に

辿り着きました。

水窪町の街には今も昔も数十軒の様々な

商いや――つまり小売商店が有りまして、

丁度店を開け始め出しました。

山がの人々――つまり、山奥人々は

皆各々(それぞれ)思い思いの店に行き、

買いたいもの、買う予定の物の

品定めをします。

あの時代――つまり今から70~80年以上

前には、山奥の人々は、現金収入が少なく

それでも僅かばかりのお金💰と

山奥の生活の為自給自足の椎茸や、

お茶🍵や、野菜やイモ類を商品の

代金の代わりにして、日用品や、衣類や

珍しい食べ物🍌などを買いました。

軈て🍱お昼頃に成り、山奥の人々は

水窪町の街中の広場で持参した🍙などを

食べて休憩☕😃🚬致しました。

午後の一時過ぎには、

皆で揃って又山奥の自分たちの

部落に向かい、歩き🚶‍♀️🚶🚶‍♂️始めます。

背負子には各自が買った様々な物が

入り、中々重い……😡。

しかしながら、月にたった一度の

消費の時です。

前から欲しかった、あれこれ。

自宅🏡で留守をしている老人👴👵

に煙草や、

仏壇用の線香や、孫が好きなお菓子など

家族の為に使う日用品などを満載して

又10時間以上掛けながらとぼとぼと、

坂道を登って行きます。下りは8時間位

で街🏢🏬🚶‍♀️🚃中迄で来られますが、

帰宅は11時間位掛かる。

背中の荷物📦の重さと、登り道の為に

仕方有りません。

帰宅は、下りの時のニ、三倍休憩☕😌💕を

取りながら、山奥の我が家に漸く

辿り着いたのは深夜2時近かった……😭。

各自我が家に辿り着くと、倒れる様に

布団に倒れ込んで爆睡😪💣💤

するので御座いました………😢。

参加者全員が、お昼過ぎ迄

綿の様に、疲れはてて眠りこけました……🐱。

❎❎❎❎❎❎❎❎❎❎❎❎❎❎❎

これが今から70~80年前の水窪町の

山奥に生きる人々、いやいや日本全土の

山間部に生き続けて来た人々の

日常生活の一辺などで有りました。

正にまさに宮本常一さんの語る

【山に生きる人々】――のオーラ、

バイブレーションの世界で有りました。

この時代には、まだまだ、日本人の

心に義理と人情と、心優しい、心暖かい

ものが間違いなく【存在】していました。

詐偽や、殺人など有り得ない、

理想郷では有りませんが、ほのぼのとした、

牧歌的な時代が、皆の心に生きて居ました……☺。

❎❎❎❎❎❎❎❎❎❎❎❎❎❎❎

僕は、あの時代が一番好きだ……😋。

アメリカならば、1940~1950年代。

あと少し1960年代の初め頃迄……☺。

あのアメリカの砂漠🏜️地帯……✌の

何時までも続くハイウェイを

ガタガタのポンコツCAR🚙が

走って行く………。

車の中には若い素敵な💓👨‍❤️‍👨💓カップル

が乗っていて、あのユックリジズムの

音楽が、カーラジオ📻🔊から流れ

二人の笑い声が絶えること無く、

この道の終着点は二人の永遠の幸せな

人生の生活………✌😃💡。

ふと二人が空を見上げると、中空高く

素敵な葉巻型の巨大な宇宙船が……

白い飛行機雲を放ちながら、ゆっくりと、

彼方の空に消えて行く………🐱。

嗚呼、一体全体、空飛ぶ🛸円盤の

世界とは、そうであって欲しいのだ……😍。




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