2025.10.1
今地元の図書館から帰宅しました。図書館員の方は、大変御親切に、膨大な【遠州灘の波🌊小僧伝説】に関するデータを調べてくれました。信じられない位に関係資料が既に、出ていました。ビックリ😱☀仰天❗ 数冊の本📚をお借りしました。 ❎❎❎❎❎❎❎❎❎❎❎❎❎❎ 話は変わりますが、今日午後2時時頃❓️突然、12月15⏩16日の一泊二日で、袋井市に有る、秋葉山・総本殿・可睡斎(かすいさい)の秋葉の火祭りに行きたいと、感じて、即可睡斎に電話して、色々聞いて見ました。大体様子が掴めました。 12月13日(土)⏩14日(日)が守衛の仕事。14日の朝🌄9時頃に、工場から🏠🚗💨帰宅。14日(日)は、充分に休憩して、体調を整えて翌日15日(月)早い昼ご飯を食べて、車🚙で約一時間位掛けて、袋井市の可睡斎(お寺さん)迄走ります。 恐らく午後2時過ぎ❓️には可睡斎に到着。宿坊に荷物などを起き、午後3時半頃から始まるらしい、祭りに参加します。 可睡斎で秋葉の火祭りをやっていることは、昔から知っていましたが、50年間近く秋葉山の秋葉寺(しゅうようじ)と深くお付き合いしてきた関係上、可睡斎の秋葉の火祭りには、一度も参加してはいない。 実は数年前に東京の野崎さん――――かつて今から45年近く前に僕の企画で、【秋葉山三尺坊大権現――火防天狗👺のふる里】(島津書房・刊)を書いた方。に、可睡斎の火祭りに参加を、呼び掛けましたが、返事は無し。小田原の藤木さんにも、お誘いしましたが、ご都合が悪かった由です。 かつて今から40数年前から、浜松の高林雪山先生は、繰り返して、大天狗・秋葉山三尺坊は、秋葉山から⏩可睡斎に山移りした云々と、語りました。高林雪山先生は、その理由は、秋葉寺は秋葉神社と100数十年間Battle✖――つまり喧嘩していて、和解しないから云々と、語りました。――それでも僕は秋葉寺(しゅうようじ)を支持していました。 しかしながら、20数年以上前から、秋葉寺の運営人の方々の様々な問題点に出会いまして、だんだん僕の秋葉山に対する情熱が薄れて縁が薄れ始め出しました。 かつてあれ程秋葉山に傾倒していた僕の心に大きな変化が生じました。 そんな経緯があり、思いきって、今年の可睡斎の秋葉の火祭りに参加します。可睡斎の火祭りに参加しようと思った理由は、今の工場の守衛の仕事――竈(かまど)つ...